Spin the Black Circle

アナログレコード鑑賞記を中心に、映画や本など興味の向くままに語る、40代オヤジの独り言

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Melt Away

2014.12.20

category : ビーチ・ボーイズ



どうしてなんだろう?
何もかもが上手くいかない
でも君に会うときはいつも
あのいつもの気持ちになって
そして、僕の憂鬱は溶けてゆく
溶けてゆく

世界は僕だけを待ってはくれない
僕が何者になれるかなんて、気にしてもくれない
まるで孤島にでもなった気分
君の笑顔が見れるまではね
そして、僕の憂鬱は溶けてゆく
溶けてゆく

苦しむ姿を見せたくない
そんな僕の姿を
泣く姿を見せたくない
そんな僕の姿を
憂鬱な姿を見せたくない
そんな僕の姿を
ああ

時々、僕は世界から自分を閉ざしてしまう
分かるだろ、僕が身を寄せたいのは君なんだ
君が話すのを聴くと
心の鍵が開くのを感じる
そして、僕の憂鬱は溶けてゆく
溶けてゆく

憂鬱は溶けてゆく
溶けてゆく

- Brian Wilson -




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Summer's Gone

2012.09.16

category : ビーチ・ボーイズ

暑いのは苦手だ。汗をかくのも好きじゃない。なので、夏というのは決して好きな季節ではありません。でも、この季節、夏が少しずつ去ってゆく季節になると、寂しい、という矛盾した感情になります。

この夏は沢山のアーティストのライブを観ました。それこそ、何年分かの。そして、それに伴う、幾つかのちょっとした旅。その記憶が余計に、この夏の終わりをより、寂しいものに感じさせているのかもしれません。

今年の夏、最高のサウンドトラックとなったアルバムは、The Beach Boysの"That's Why God Made the Radio"でした。わたしにとって特別だった今年の夏に、このアルバムがあって良かったな、としみじみ感じます。来年以降も愛聴するアルバムだとは思いますが、恐らく今年と同じような思いでは聴けないでしょう。
アルバム最後の曲'Summer's Gone'を、感傷的な気持ちを含めて、今は聴きたい気分です。去りゆく季節を惜しんで。

Summer's Gone by The Beach Boys on Grooveshark 
Summer’s Gone

Summer's gone
夏は去った
Summer's gone away
夏は去ってしまった
Gone away
去っていった
With yesterday
昨日と一緒に

Old friends have gone
旧友も去った
They've gone their separate ways
それぞれの道へ
Our dreams hold on
僕らの夢は託された
For those who still have more to say
まだ言うべきことのある人へと

Summer's gone
夏は去った
Gone like yesterday
まるで昨日のように
The nights grow cold
夜が寒くなってゆく
It's time to go
行くべき時だ
I'm thinking maybe I'll just stay
そう思うけど、でもまだ居るのかな

Another summer gone
また夏が去ってゆく

Summer's gone
夏が去った
It's finally sinking in
とうとう過ぎてゆく
One day begins
ある一日が始まって
Another ends
そして終わる
I live them all and back again
その日々を生き、そしてまた戻ってきた

Summer's gone
夏は去った
I'm gonna sit and watch the waves
僕は座って、波を見ていよう
We laugh, we cry
僕たちは笑い、泣き
We live then die
生きて、そして死ぬ
And dream about our yesterday
そして昨日を夢見るんだ

- Brian Wilson, Jon Bon Jovi, Joe Thomas -

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Making of "That's Why God Made the Radio"(後編)

2012.08.27

category : ビーチ・ボーイズ

前回の記事からの続きです。

From There To Back Again by The Beach Boys - www.musicasparabaixar.org on Grooveshark


昨日のように

再び行われるスタジオ活動に慣れるため、昨年の春ウィルソンとバンドはハリウッドのキャピトル・レコードに皆を集め、この場にはふさわしい、1968年のトップ20ヒットである「恋のリヴァイヴァル (“Do It Again”) 」を再録音した。この曲とその録音風景は、12月15日に再結成を宣言した時に使われた。

彼らはキャピトル・セッションで別の曲を録音した。その「あの頃に…」は忘れがたい、アルバムの冒頭を飾る言葉のない讃美歌だ。舞い上がるハーモニー、切ないピアノ、そしてミュートしたフレンチホーンが合わさって、『スマイル』の冒頭である「アワ・プレイヤー」と拮抗する美しさを醸し出している。

「僕らがついに到達した瞬間だったね、「おお、皆まだ歌えるぞ」」トーマスは言った。

冬が来て、ウィルソンはハリウッドのオーシャン・ウェイ・スタジオで、トーマスとの共作曲を曲にし始めた。ラヴはウィルソンが既に曲にしていたものに、詩を付ける作業で忙しくしていた。

ジェフ・”スカンク”・バクスターのギターとスコット・ベネットのクラヴィネットとオルガンをフューチャーした、ファンキーなミッドテンポの小品「心のビーチ」は、ラヴが手掛けた最初の楽曲だ。ファースト・シングルとなった「ゴッド・メイド・ザ・ラジオ~神の創りしラジオ~」も、ラヴが曲の完成を手伝った1曲。90年代末のシカゴのある夜、トーマス、サヴァイヴァーのジム・ピートリック、そしてレコーディング・エンジニアのラリー・ミラーズでホワイト・ソックスの試合を観に行った帰り、ウィルソンは夕食の場でこのタイトルを夢想していた。食事の後、4人はピートリックのホーム・スタジオに駆けつけ、ウィルソンはピアノでブギウギ調の小品を紡ぎだし、そして彼らはラフなデモを作り出した。

今週の短いEメールでのインタビューで、ウィルソンは「ラジオ」と「シェルター」がお気に入りだと語った。「「ゴッド・メイド・ザ・ラジオ」のエンディングが好きなんだ。サウンドが豊かだからね」と彼は言う。

セッションは進み、ラヴとウィルソンは一から曲を作り始めた。ピートリックとミラーズの助けを借り、骨のあるドゥー・ワップ調のナンバー「今がその時」が数日で出来上がった。ピートリックとミラーズは足踏みのリズムを付けて、ラヴはその下のベースラインを思いついた。そしてラヴは歌詞を書き、ウィルソンはコーラスを書いて、といった作業がスタジオで一緒に起こった。

「この曲は、二か月前にはアルバム収録曲ですらなかったんだ」トーマスは語る。

ラヴとの共作を進める中、ウィルソンはトーマスと共作した「ビルとスーの私生活」や「シェルター」という曲も完成させていった。

「「シェルター」はいろんな要素から避難できる、家という場所についての歌だ、日の光や、寒い夜とかからね」ウィルソンはEメールで語った、「何か特定なものについてじゃなく、文字通り家がシェルターになることを歌っているんだ」

トーマスはこのコンセプトを気に入っている。

「これは「イン・マイ・ルーム」の拡大版と言えるね」とトーマス、「彼は部屋から出て、自身の家を持ったんだ。「シェルター」とは、ブライアンの本当にクールな言葉だよ。誰が自分の家をシェルターなんて呼ぶ?そんなことを思い浮かぶのは彼だけだよ」

言うべきこと

ウィルソンは新しいアルバムのタイトルを"Summer's Gone”として、この曲でアルバムの最後、最後のビーチ・ボーイズのアルバムを締めくくろうと考えていた。しかしウィルソンは、その考えを改めたようだ。

「皆と本当に上手くいって、創造性がまた高まり始めたことで、彼はその曲を最後のビーチ・ボーイズのアルバムの、最後の曲にするという考えをしまい込んだようだ」トーマスは言う、「彼は本当に充実した時間を過ごしているんだ」

レコード制作が進むにつれ、「過ぎゆく夏」のテーマからアルバムの長さにも匹敵する組曲が発展していった。「「ペット・サウンズ」がブライアンの若い人生を見つめたものだとしたら、これは彼が老齢期から人生を見つめたものだ」トーマスは言う。

この組曲の後半第2部の5曲のうち4曲、「ストレンジ・ワールド」「バック・アゲイン」「パシフィック・コースト・ハイウェイ」「過ぎゆく夏」が、アルバムを締めくくることとなった。5曲目の"I'd Go Anywhere”、 「ストレンジ・ワールド」と「バック・アゲイン」の間に収まる予定だった曲は、未完成のままとなった。組曲の前半を構成する6曲も未完成だ、とトーマスは言う。

「バック・アゲイン」はこの組曲の、そしてこのアルバムのハイライトとなる曲。ジャーディンのリード・ヴォーカルが本当に魅力的だ。

「この曲でのアルが素晴らしいんだ」ウィルソンはメールで言った。「彼の歌を聴くにつれ、もっと歌って欲しくなったんだ。次の行、そして次と彼の歌うパートを増やす提案をしていたら、結局、殆ど全部のリード・ヴォーカルを彼が取っていたんだ」

観念的な面、押し寄せるハーモニー、豪華なストリングス、そして物憂げなフルート、まるで『ペット・サウンズ』のアウトテイクのようだ。

「確かに、ある意味ではそうだね」ウィルソンは言う。僕はパウル・フォン・マーテンスと一緒にやっていて、彼が凄いフルートのアイデアを出してくれたんだ。このフルートを聴いて言ったんだ、「この曲にはストリングスが必要だ!」って。そしてパウルは一週間後にストリングスのアイデアを持ってきて、僕はそれを気に入って、ストリングスに取りかかったんだ」

この組曲の他の曲は「バック・アゲイン」とかなり似たサウンドだ、とトーマスは語る。「(この曲は)楽観的だけど、どこか寂しげな面も持っている」彼は言う。「ある男が車で海岸線を南に下っていて、行けた場所全てについて考えている。この歌は常にアルの為にあった。最初にブライアンがこの曲の断片を演奏した時、「これはアルの為の歌だよ」という風に言っていた。不思議なことにアルの歌が乗ると、この曲は完全に彼の為に書かれた歌になったんだ」

5月7日、ファロン・ショーの演奏の日、アルはこう話した、彼がこの曲をレコーディングした時、彼は一度しかこの曲を聴いていなかったと。「この曲でも他でも、まるでパラシュートで飛び降りるようなものだったね」彼は言う。「「バック・アゲイン」では最後の行が終わるまで歌っていた。皆が言うんだ、「このパートも歌ってみないか」って。それはいつも1パートずつだったんだけど、歌い終わったら結局殆ど全部のパートだったんだ」

こう語る曲は、アルバムのハイライトのひとつとなった。ジャーディンの歌は胸を打ち、そして本当に誇らしい。「ええ…、本気かい?ああ、何てこった」

「過ぎゆく夏」、アルバムの最後を飾る曲、はジョン・ボン・ジョヴィの助けを借りて完成した。「僕らが「過ぎゆく夏」の何節か書いた時に、ジョン・ボン・ジョヴィがスタジオに立ち寄って、そしてこの曲をブライアンの「マイ・ウェイ」だと評した」トーマスは語る。「ジョンは少しだけこの曲を共作した、幾つかの場所のメロディを変えたんだ。彼は全てを上手く繋げる、良い一節を書いてくれた。僕らはその貢献に本当に感謝しているんだ、何故なら、ひとつの素晴らしい一節が、素晴らしい曲に繋がるからね」

トーマスは語る、この組曲を完成させ、リリースする計画だと。しかし、それがビーチ・ボーイズとして出るのか、ソロとして出るのかは明らかではない。

「私に分かるのは、決定権は100%ブライアンにあるってことさ」トーマスは言う。「君がもしミケランジェロと一緒にいるなら、考えることなんてない、「次に塗るべきタイルはあれじゃないか?」なんて言う余地はないよ。君はただ座って、前を見て、見つめ、そして自分の目の中に色を塗られないように祈るだけさ」

Eメールの中で、ウィルソンはこの組曲に触れていない、ただ彼がソロとビーチ・ボーイズ、両方のプロジェクトに前向きであること示すのみだ。

「ロックンロールである限り、僕は気にしない」彼は言う。「僕は皆と一緒に楽しむだけさ」


bb52012.jpg


※このアルバムがどうして、ブライアンと袂を分かつことになったジョー・トーマスと再度組むことになったかが、この記事でようやく理解できました。過去のデモに手を加えることから、このプロジェクトが始まっていたのですね。そして、アルバム後半の組曲が、アルバム分の分量の一部であったこと。これは驚きです。これは是非、アルバムとして完成してほしいです。まだまだ未来に期待できそうで、本当に嬉しいです。



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Making of "That's Why God Made the Radio"(前編)

2012.08.26

category : ビーチ・ボーイズ

※前回"That's Why God Made The Radio"の訳詩を書く際に参考にしたこの記事が、アルバム制作にまつわるとても興味深いものだったので、全編を訳してみました。あまり他の雑誌などでは見ない、制作に至るプロセスがよく分かります。アルバムの曲を聴きながら、読んでもらえると嬉しいです。

Shelter by The Beach Boys - www.musicasparabaixar.org on Grooveshark

ビーチ・ボーイズが作る「ラジオ」の波

ブライアン・ウィルソンが「セイル・オン・セイラー」で歌ったように、昨年からの噂は「渦巻く大洋の波」のような高波となっている。

ウィルソン、1996年9月からビーチ・ボーイズとしてステージに立っていない天才が、遂にグループに戻ってきた。最も象徴的な60年代ヒット、「サーフィン・USA」から「カリフォルニア・ガールズ」までをリリースしたキャピトルと、ウィルソンはスポット契約を結び、そのことがファンを熱狂の渦へと巻きこんだ。確かに2011年は最高のタイミングだった、ロスアンジェルス近郊ホーソーンでの1961年のグループ結成、そして弱小レーベルであるキャンディックスから「サーフィン」をリリースしてから、50周年の記念の年だったからだ。

再結成ツアーにはいいタイミング?それともせめてニュー・アルバム?どうなの、ブライアン?

「何も分からない」ウィルソンは昨年8月、スター誌のブレット・ジョンソンに語った。「このことは誰にも話せないんだ」

しかし、ウィルソンはつい言ってしまった、プロデューサーのジョー・トーマスと10年以上前に作った曲に、再びスタジオで取りかかっていることを。いつもは寡黙な作曲家が、曲のタイトルまで口にしてしまった。

「「シェルター」って曲を書いているんだ」、彼は言った。

このちょっとしたニュースの後、意味深な沈黙が訪れた。
そしてウィルソンはびくびくして、言葉が上ずりだした。

「そのタイトルは誰にも言っちゃ駄目だ、誰にも」彼は命じた。

ぎこちない空白が続いた。

「結局、それはもうないんだ」彼は言った、「破棄したからね」

ああ、そうなのか。

「シェルター」の幻覚を見る前には、ウィルソンは取りかかっている曲たちが、「いつか凄いアルバムになる」と話していた。

その日がもうすぐやってくる。

ドゥ・イット・アゲイン

『ゴッド・メイド・ザ・ラジオ〜神が創りしラジオ』は6月5日、キャピトルからリリースされる。1992年の『サマー・イン・パラダイス』以来のニュー・アルバムで、ウィルソンが参加するのは1985年の『ザ・ビーチ・ボーイズ ‘85』以来。破棄されていなかった「シェルター」も1ダースの収録曲の中に収められ、5人の現存するバンドメンバーがフューチャーされている。ウィルソン、69歳。フロントマン(でウィルソンの従兄弟)のマイク・ラヴ、71歳。ギタリストでシンガーのアル・ジャーディン、69歳。最初の4枚のアルバムでプレイしたデビット・マークス、63歳。そして1965年に参加したシンガーでキーボーディストのブルース・ジョンストン、69歳。(オリジナルメンバーだったウィルソンの兄弟は、二人とも亡くなった。ドラマーでシンガーのデニスは1983年に溺死し、シンガーでギタリストのカールは1998年に癌によって)

ニュー・アルバムは「サーフィン・USA」や「ファン・ファン・ファン」などの初期ヒットを再現している訳ではなく、全体として『ペット・サウンズ』や『サンフラワー』の持つ芸術的高みに達している訳でもない。しかし、10年以上の創造性の枯渇からの、バンドとしての劇的な帰還を果たしている。ラヴの貢献した陽射しのような心地よい歌詞はそのままに、ウィルソン、幾つもの面からポップ界のモーツァルトと崇められる男は、再び自らがメロディとメランコリーのマエストロであることを証明してみせている。そしてバンドのハーモニーは?素晴らしいのひとことだ。

このレコードは回想に満ちているが、新たな成功を目指す意気込みも詰まっている。生き生きとした「今がその時」、ウィルソンとラヴの共作曲ではこう高らかに宣言している、「素敵な時間は絶対に終わらない」と。

今年の夏だけじゃない。10人編成に増幅した鉄壁のアンサンブル、再結成したビーチ・ボーイズはイタリア、スウェーデン、ベルギー、ドイツ、日本を含む、最大の世界ツアーの真っ只中にいる。南カリフォルニアでのステージは今週、月曜日にサンタ・バーバラ・ボウル、6月2日にはハリウッド・ボウル、そして6月3日にはアーヴァインで行われる。

2時間に渡る、40曲のコンサートは、「ファン・ファン・ファン」「アイ・ゲット・アラウンド」「素敵じゃないか」などのクラッシクスと、知名度の低いアルバム曲、「駄目な僕」「マーセラ」そして「プリーズ・レット・ミー・ワンダー」などをミックスしている。アトランタ・ジャーナル誌はこのステージを「ノスタルジックさ溢れる」と評し、バンドの「申し分のない」ハーモニーを絶賛した。アリゾナ・リパブリックはコンサートを表した、「歴史的価値だけじゃない、本当に素晴らしい」と。

「曲は単純な「ウー」や「アー」から、複雑な構成の『ペット・サウンズ』や『スマイル』の曲まで多岐に渡るんだ」ジャーディンは「レイト・ナイト・ウィズ・ジミー・ファロン」のリハーサルの為滞在しているニューヨークから、5月7日に電話で答えてくれた。「ブライアン・ウィルソンがここ数年ずっと発展させてきたバックアップ・バンドと一緒で、今の僕たちはすごくパワフルな状態なんだ。とても、とても凄いことだよ。ちょっと特別なステージなんだ。観客にも感じられるだろうね」

「勝利への最終ラップ」とエンターテイメント・ウィークリーが例えるこのツアーは、絶対に必要なものだった。画期的なアルバム『ペット・サウンズ』やクラッシック・シングル「グッド・バイブレーション」のおかげで、バンドの音楽史での位置は安泰かもしれないが、将来に「オールディーズ」という烙印を押されないかどうかは、何ともいえない。カール・ウィルソンが亡くなった98年以後、バンドは分裂した。ブライアン・ウィルソンのバンドと切っても切れない関係は、70年代初頭からドラッグ常用と健康不良により散発的になっていたが、ソロとしてそのキャリアを成功に導いていた。ラヴとジョンストンはビーチ・ボーイズとしてツアーを続ける中、ジャーディンもソロとなった。そして、楽曲クレジットとビーチ・ボーイズの名を使う権利をめぐる法廷闘争によって、メンバー間は疎遠となっていった。

過酷な状況にも関わらず、ブライアン・ウィルソンはビーチ・ボーイズを「ヒット・バンド」として考えることを止めなかった。作曲家として、彼らの声はもっとも好きな音楽を作る要素だった。『ラッキー・オールド・サン』のような先駆的なソロ・アルバムを作り、象徴的なビーチ・ボーイズのアルバムである『ペット・サウンズ』や『スマイル』完全再現ライブを行っていても、彼は新しいビーチ・ボーイズのアルバムを作ることを夢見ていた。

そんな風にして、始まっていった。

ページを戻して

『ゴッド・メイド・ザ・ラジオ〜神が創りしラジオ』は1990年終わり、ウィルソンとトーマスがイリノイ州セント・チャールズで隣人だった頃に作ったデモに起源がある。ふたりはその頃ウィルソンのアルバム『イマジネーション』を制作していたが、ウィルソンは既に次のビーチ・ボーイズとしてのアルバムを見据えていた。

「ブライアンの意図は明確だった」トーマスはセント・チャールズからの電話で答えた。「彼には2、3曲、ソロでやりたくない曲があった。彼はそれをビーチ・ボーイズとやりたかったんだ。そのひとつが「ゴッド・メイド・ザ・ラジオ~神の創りしラジオ~」さ」

トーマスは続ける、プロジェクトを始める為に、ウィルソンは弟カールに、ビーチ・ボーイズの曲として発展しそうなデモを送っていたと。

「幾つか違った名前が付いていたよ」トーマスは言う。「'Lay Down Your Burden’とある時呼ばれていた曲は、結局自分達で流用して、「レイ・ダウン・バーデン」というバラードとしてブライアンのソロに収められた。でもオリジナルはもっとアップテンポで、ゴスペルっぽいもので、最終的に新しいアルバムの「スプリング・ヴァケーション」という曲になったんだ」

カールがこれらの曲に取りかかることはなかった。1997年の彼の癌によって、ビーチ・ボーイズのプロジェクトは延期となり、彼の死後、これらの曲は先の見えない棚上げ状態となった。ウィルソンは、その後何年も、これらの曲を聴くことすら嫌がったという。それほどつらい思い出だったのだ。

2008年1月に時間を早めよう。

「ブライアンとは何年も話してなかったのだけど、ある時突然、彼が急に電話をかけてきたんだ」トーマスは言う、「彼はオーストラリアに居たんだ、忘れないな、こんな風に言ったんだ「もし君がオーストラリアでトイレの水を流したら、北半球だったらホントに水がいつもとは反対に流れると思うかい?」何て答えたらいいか分からなかったよ。でも何ヶ月か後にまた電話がかかってきて、「ねえ、僕らの手掛けていた曲覚えてるかい?」「もちろん」と答えたよ、そしてこれが公式な始まりだったんだ「ねえ、僕らで何か始めたいと思ってるんだけど」

トーマスはその時PBSのテレビ特番のプロデュースを手掛けていたが、彼はイリノイのスタッフに、カセット、DATテープ、そして車でインスピレーションを得た時に使っていたマイクロカセットテープなど、を取りまとめるようにと命じた。それら音源が全てプロ・トゥールに入れられると、それは十から十五時間のボリュームになっていた。

「まだ歌詞はなかった」トーマスは言う、「幾つかはタイトルがあった。彼には何小節かのコンセプトから成る'Summer's Gone’というタイトルの曲があって、この曲は最後のビーチ・ボーイズの曲になる予定だった」

ウィルソンはこれらのテープから新しいフレーズを組み立ててゆき、そしてトーマスと長年の片腕であるジェフリー・フォスケットと共に、発展中の曲のデモ作りを始めた。彼はこれらをキャピトル・レコードに聴かせ、トーマス曰くレーベルは「新しいビーチ・ボーイズのレコードのアイデアに投資した」

さあ、ラヴが興味を示すか、確認する時が来た。

「僕らはマイクに会った、パーム・スプリングスのステーキハウスで」トーマスは言う、「知ってるかい、マイクはベジタリアンなんだ…、ブライアンはその点を教えてくれてなかった。でもマイクは尊大にもステーキハウスで僕らに会ってくれた。彼はサラダ、そしてブライアンはデカくてジューシーなステーキを前にし、そして話しだした。ブライアンの元にはキャピトルからのオファー、そして幾つかの曲があり、そしてマイクに詩を書いてくれないかと切り出した。彼は言ったよ、「喜んでやるよ」と。

後編に続く。





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That's Why God Made The Radio

2012.08.22

category : ビーチ・ボーイズ

That's Why God Made the Radio by The Beach Boys on Grooveshark 

That's Why God Made The Radio

Tuning in the latest star
最新のヒット曲にダイアル
From the dashboard of my car
僕の車のカーラジオで
Cruisin' at 7
7時のドライブ
Push button heaven
ボタンを押せば天国
Capturing memories from afar
想い出が彼方からやってくる
In my car
僕の車へと

That's why God made the radio
それで神は、ラジオを作ったのさ
So tune right in, everywhere you go
チャンネルを合わせよう、どこにいても
He waved His hand, gave us rock 'n roll
彼は手を振って、僕たちにロックンロールをくれた
The soundtrack of falling in love
恋に落ちるサウンドトラックとして
That's why God made the radio
それで神は、ラジオを作ったのさ

Feel the music in the air
空気に漂う音楽を感じよう
Find a song to take us there
連れて行ってくれる音楽を探そう
It's paradise when I lift up my antenna
アンテナを立てれば、そこは楽園
Receiving your signal like a prayer
まるで祈りように、サインを受け取る
Like a prayer
祈りのように

That's why God made the radio
それで神は、ラジオを作ったのさ
So tune right in, everywhere you go
チャンネルを合わせよう、どこにいても
He waved His hand, gave us rock 'n roll
彼は手を振って、僕たちにロックンロールをくれた
The soundtrack of falling in love
恋に落ちるサウンドトラックとして
That's why God made the radio
それで神は、ラジオを作ったのさ

Making this night a celebration
この夜を祝いの日にしよう
Spreading the love and sunshine
愛と陽の光を広げよう
To a whole new generation
新しい世代みんなに
Whole new generation
新しい世代みんなに

That's why God made
だから神は
That's why God made
だから神は
That's why God made the radio
だから神は、ラジオを作ったんだ

- Joe Thomas, Brian Wilson, Jim Peterik, Larry Millas -

 先日書いたThe Beach Boys名古屋公演の記事で、「現存するオリジナルメンバーが揃ったことによる、マジックがあまり感じられなかった」と書きましたが、そのマジックを感じる瞬間も幾つかありました。それは特にハーモニーの面で。例えば、名古屋でのみ演奏された"Darlin'"のエンディングに付けられた、ハーモニーのみのタグ。そのコーラスワークにはゾクゾクとしました。

 そんなマジックは、新譜から演奏された2曲からも感じられました。小粋なドゥーワップ風味の"Isn't It Time"も良かったですが、何と言ってもハーモニーが存分に味わえる"That's Why God Made The Radio"が感動的でした。

 この曲は元々、Brian Wilsonのアルバム"Imagination"の製作期に、プロデューサーのJoe Thomasと共に作り上げていた曲のひとつのようです。しかしBrianは、この曲はBeach Boys用として、ソロでのレコーディングから外したそうです。この曲のデモは、まだ存命だった弟Carlにも聴かせていたらしく、このメロディはCarlも共有していたのだと思うと、感慨深いものがあります。

 そんな経緯を辿った曲が、再びこうやって日の目を見て、そしてステージで演奏されました。その演奏は、とても丁寧にコーラスが編み込まれ、心の深い部分に沁みてゆく、素敵なものでした。この新しい名曲を、共に共有出来たのは、本当に素敵な瞬間でした。


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